債務超過の同族会社に代表者(父)からの多額の借入金がある。
新設分割型分割で借入金の一部だけを旧会社に残して事業を新会社(子が株主)へ移し、
旧会社を清算して残った借入金の免除を受ける。
「債務免除益が贈与とみなされないか」「期限切れ欠損金が行為計算否認で使えなくならないか」を整理したケーススタディです。
数値はすべて説明用の概数です。以下、税額等の試算もこの概数に基づきます。
疑問1免除額1億円の全額が子への贈与とされるリスクは低い。ただし「新会社株式の価額」相当(概数で2,000万円規模)が父から子へのみなし贈与と認定されるリスクは現実的にあり、
それは一連の行為と再構成されるまでもなく、分割の時点で生じ得る。
分割前の旧会社株式の価額は0(債務超過)であるのに対し、
分割後に子が取得する新会社株式には純資産相当の価額が生じます。
その原資は、父の債権のうち回収可能だった部分が旧会社に取り残されて無価値化したことにあります(相続税法9条)。
一方、債務超過額に相当する部分は贈与としない取扱い(相続税法基本通達9-3)があるため、
どの構成を採っても贈与額は「新会社株式の相続税評価額」に収れんし、
1億円全額とはなりません。対処法は明確で、自主申告(相続時精算課税の活用)または残す債務額の調整です。
疑問2期限切れ欠損金が行為計算否認で使えなくなるリスクは低い。
旧会社自身の債務免除益を旧会社自身の欠損金で吸収するだけで、欠損金を他の法人へ移していません。
解散した法人に残余財産がないと見込まれる場合の期限切れ欠損金の損金算入(法人税法59条4項)は、
清算する債務超過会社の免除益に課税しないための規定そのものであり、
「第二会社方式」はその典型的な利用形態として事業再生実務に定着しています。
ただし、免除の時期を「清算中の事業年度」に置かないと否認以前に59条4項自体が使えない点、
債権者が金融機関ではなく代表者で、残す債務額を当事者が自由に決められる点には注意が必要です。
完全支配関係内の単独新設分割の分割型分割では、
「分割後に同一の者(子)と分割承継法人(新会社)との間に完全支配関係が継続することが見込まれること」だけが要件です
(法人税法2条12号の11、同施行令4条の3第6項2号ハ(1))。
分割法人(旧会社)との関係継続は要件ではなく、平成29年度改正で不要になったことを
国税庁の質疑応答事例も明示しています。
子が100%株主なので按分型・金銭等不交付の要件も当然に満たします。
なお、分割型分割によって旧会社にみなし事業年度は生じません。
分割型分割では、分割法人の資本金等の額が「分割直前の資本金等の額×分割移転割合」だけ減少します(法人税法施行令8条1項15号)。
分割移転割合は、資本金等と移転純資産がプラスで、前事業年度末の簿価純資産がマイナスの場合には「1」とされます(同令23条1項2号)。
本ケースでは割合が1になるため、旧会社の資本金等は全額減少して0、
利益積立金額は「移転純資産の簿価−資本金等の減少額」だけ減少します(同令9条1項10号)。
結果として、分割後の旧会社は資産0・負債1億円・資本金等0・利益積立金額△1億円となり、貸借が一致します。
清算中の事業年度の期首の利益積立金額△1億円が「繰り越された欠損金額の合計額」となり(法人税基本通達12-3-2)、
青色欠損金が先に控除され、残りが期限切れ欠損金として59条4項の対象になります(同施行令117条の5)。
スキーム上の「期限切れ欠損金1億円」は、正確には青色欠損金と期限切れ欠損金の合計ですが、
免除益が全額吸収されるという結論は変わりません。
解散した法人に残余財産がないと見込まれるときは、清算中に終了する事業年度において、
期限切れ欠損金を所得金額(青色欠損金控除後)を限度に損金算入できます(法人税法59条4項。平成22年度改正で導入され、令和4年度改正で3項から4項に繰下げ)。
判定は清算中の各事業年度終了の時の現況により(法人税基本通達12-3-7)、債務超過であれば該当し(同12-3-8)、
残余財産が零となる事業年度も該当します(国税庁質疑応答事例)。
説明書類は実態貸借対照表で、未払法人税等も負債に含めて作成します(同12-3-9)。
59条4項の対象は「清算中に終了する事業年度」の所得に限られ、解散日で事業年度が区切られるため(法人税法14条1項1号)、
解散日以前に免除を受けると解散事業年度の所得となり、期限切れ欠損金は使えません。
他方、会社法上は、清算株式会社に債務超過の疑いがあるときは特別清算や破産手続への移行が求められます(会社法484条1項、510条2号、511条2項)。
解散決議と同時に父の免除の意思を確定させ、解散日の翌日以後に書面で免除を実行して債務超過を即座に解消する、
という時系列設計が必要です。
なお、再生手続に準ずる事実がある場合の規定(59条3項)は、親会社が子会社の債権を単に免除するようなものは対象外とされており(法人税基本通達12-3-1(3))、
代表者単独の免除には使えません。
分割後の旧会社には、分割日までの法人税・消費税や均等割、官報公告費・登記費用などの清算費用の支払原資が必要です。
原資として残した現預金が免除後に残ると「残余財産がある」ことになり、59条4項の要件を欠きます。
残す現預金は清算費用・税金の見込額にとどめ、父の免除額は未弁済残高に限定して
(残余があれば父へ弁済し、免除は残額のみとする)、残余財産を零に着地させる設計を明記しておくべきです。
相続税法9条は、対価を支払わないで利益を受けた場合に、
利益を受けた者が利益を受けさせた者から贈与により取得したものとみなします。
相続税法基本通達9-2は、同族会社の株式の価額が、例えば(1)無償の財産提供、(2)低額の現物出資、(3)対価を受けないでの債務の免除等、(4)低額譲渡により増加したときは、
株主が増加部分を行為者から贈与により取得したものとして取り扱い、取得時期は免除等があった時とします。
9-3は、会社が資力を喪失した場合の9-2の行為について、
会社が受けた利益のうち債務超過額に相当する部分は贈与としないとし、
「資力を喪失した場合」を法定手続による整理のほか、株主総会の決議・債権者集会の協議等により再建整備のために負債整理に入ったような場合とし、
一時的な債務超過は該当しないとしています。
債務免除を受けた者自身の利益を贈与とみなす相続税法8条は個人が債務者である場合の規定で、債務者が法人である本ケースには適用がありません。この点からも、1億円全額を贈与と構成することは困難です。
| 課税庁の構成 | 考え方 | 贈与額の上限 |
|---|---|---|
| 分割の時点で捉える | 子の保有株式の価値合計が0から新会社株式の価額に増加。原資は父の債権のうち回収可能だった部分の無価値化。9-2の列挙は例示であり、9条の趣旨を「贈与と同様の経済的利益の移転がある場合に課税するもの」と広く解した裁判例(東京高裁平成27年4月22日判決)の考え方から、課税庁が採り得る構成。ただしこの構成を直接採用した裁決・裁判例は確認できていない | 新会社株式の相続税評価額 |
| 免除の時点で捉える | 免除の前後で旧会社株式の価額は0のまま増加しないため、9-2(3)の贈与は生じない。9-3の観点でも解散決議に基づく負債整理であり、免除額の全額が債務超過額の範囲内 | 0 |
| 一連の行為として再構成 | 「営業中の旧会社に1億円を免除した」と構成しても、9-3により債務超過額(8,000万円)は贈与とされず、超える部分(2,000万円)のみが株式価額の増加分として贈与になる。9-3の資力喪失要件が否定されても、9-2は株式価額の「増加した部分」のみを贈与とし、株式価額は0を下回らないため同額 | 新会社株式の相続税評価額 |
したがって、リスクの中身は「新会社株式の相続税評価額相当のみなし贈与の申告漏れ」です。
贈与の時期を分割日とみるか免除日(清算中)とみるかは見解が分かれ得るため、申告年分と除斥期間の起算に留保が必要です。
贈与税の更正・決定の期間制限は申告期限から6年(偽りその他不正の行為がある場合は7年。相続税法37条)で、
無申告のまま放置すると加算税・延滞税を伴うリスクになります。
新会社は開業後3年未満の会社に該当するため、純資産価額方式(相続税評価額ベース)で評価します(財産評価基本通達189(4)、189-4、185)。
課税時期前3年以内に取得した土地・建物は通常の取引価額で評価し、負債には父からの借入金を含め、
評価差額に対する法人税額等相当額(37%)を控除します。
簿価純資産は目安にすぎず、不動産の含み益や在庫の評価次第で増減します。
試算として、贈与額が2,000万円であれば、直系尊属からの贈与として特例税率を適用し(受贈者が18歳以上の場合)、
贈与税は(2,000万円−110万円)×45%−265万円=約585万円です。
64条1項は、同族会社の行為計算で株主等の相続税・贈与税の負担を不当に減少させるものを否認する規定で、
審判所は「経済人の行為としてことさら不自然・不合理か」で判断しています(平成16年3月30日裁決)。
64条4項は平成13年度改正で法人税法132条の2とともに創設された組織再編成に係る否認規定ですが、
適用を認めた公表裁決・裁判例は確認できませんでした。
本ケースに64条4項を適用する場合、「否認して引き直す」通常の行為は「営業中の旧会社への直接免除」ですが、
その場合の贈与額も新会社株式の価額相当であり、分割スキームによる贈与税の「不当な減少」は観念しにくいと考えられます。
子が分割時のみなし贈与を自主申告すれば、9条・64条いずれの観点からも争点はほぼ消えます。
課税庁が分割の適格性そのものを否認する(非適格分割型分割と再構成する)極端なケースでは、子にみなし配当や旧会社側の含み損益の課税が生じ得ますが、可能性は小さいと考えられます。分割で子が受けた利益を「法人からの利益=所得税」と構成する余地も、適格分割型分割の課税繰延べが所得税法上法定されていること、価値移転の出所が法人ではなく債権者である父であることから小さいと考えられます。
| 事件 | 判示の要点 |
|---|---|
| ヤフー事件 最高裁平成28年2月29日判決 | 法人税法132条の2の「不当に減少」は、組織再編税制の各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させること。濫用の判断では、通常想定されない手順や方法、実態と乖離した形式など不自然なものか、税負担の減少以外に合理的な事業目的があるかを考慮する |
| TPR事件 東京高裁令和元年12月11日判決 (最高裁令和3年1月15日上告不受理) | 完全子会社の事業を新会社に移し、抜け殻となった旧子会社を親会社に適格合併して未処理欠損金を引き継いだ事案。事業の移転・継続の実質を欠き、主たる目的が欠損金の引継ぎにあるとして132条の2の適用を認めた |
| PGM事件 東京地裁令和6年9月27日判決 東京高裁令和7年7月23日判決 | 132条の2の適用処分を取り消し、完全支配関係の適格合併について事業の継続が一律に前提とはいえないこと、税負担減少目的が事業目的より重ければ直ちに不当となるものではないことを判示。国が上告受理申立てを行い最高裁に係属中(未確定) |
| ユニバーサルミュージック事件 最高裁令和4年4月21日判決 | 132条1項の「不当」は経済的合理性の欠如で判断し、独立当事者間の通常の取引と異なる点があっても取引全体の合理性で判断する |
以上から、濫用基準に照らして132条の2の適用リスクは低いと考えられます。
132条1項についても、免除益と欠損金の計算は法定の機械的な計算であり、否認して引き直す「通常の行為」を観念しにくいと考えられます。
| 論点 | 整理 |
|---|---|
| 特定資産譲渡等損失 (法人税法62条の7) | 新会社は分割により設立され、設立日から同一の者による支配関係が継続するため適用除外(同施行令123条の8第1項2号)。一の者が個人の場合は親族等を含めて判定するため(同令4条の2第1項)、父から子への株式贈与をまたいでも支配関係は継続していると判定できる |
| 消費税 | 会社分割による資産負債の移転は包括承継で課税対象外。新設分割子法人の納税義務は分割親法人の課税売上高で判定され(消費税法12条1項)、本ケースでは初年度から課税事業者、簡易課税も選択不可(同法37条1項、同施行令55条1号)。適格請求書発行事業者の登録は新会社で新規に必要(事業開始日の属する課税期間の末日までに申請すれば初日に遡及。同施行令70条の4) |
| 不動産取得税・登録免許税 | 分割対価が新会社株式のみ、主要な資産負債の移転、事業継続、従業者のおおむね80%以上の承継の要件を満たせば不動産取得税は非課税(地方税法73条の7第2号、同施行令37条の14。非課税申立書の提出が必要)。登録免許税は分割による不動産の所有権移転が2%(合併の0.4%より高率)、設立登記は資本金の0.7% |
| 相続税 | 新会社に残る父の貸付金は額面で評価される(財産評価基本通達204。回収不能等の評価減は限定的で、債務超過の同族会社への貸付金でも額面評価を維持した裁判例がある)。子へのみなし贈与を暦年課税で申告した場合は相続開始前7年以内の贈与として加算対象(相続税法19条。経過措置あり)。数年前の株式贈与は贈与税の除斥期間内であり、含み益資産があれば当時の0評価が覆るリスクにも注意 |
| 会社法・許認可 | 分割型分割では旧会社の全債権者が異議を述べられ、官報公告と各別の催告(1か月以上)が必要(会社法810条)。催告漏れの債権者は双方に請求できる(同764条)。分配可能額規制は適用されず債務超過会社でも分割型分割は可能(同812条)。労働契約承継法の手続も必要。許認可は業種により扱いが異なり、分割による地位承継と届出で足りるものと、承継規定がなく新会社で新規取得が必要なもの(古物商許可など)がある |
選択肢A(推奨)スキームは維持し、分割日をもって父から子へ新会社株式の相続税評価額相当のみなし贈与があったものとして贈与税申告を行う。
父が60歳以上で子が18歳以上の推定相続人であれば相続時精算課税を選択でき、みなし贈与財産にも適用されます。
基礎控除110万円と特別控除2,500万円の範囲内なら贈与税は0で、相続時に贈与時の価額(2,000万円程度)が加算されるにとどまります。
貸付金1億円が額面で相続財産となる現状との比較では大幅に有利です。
精算課税は撤回できず、以後の父から子への贈与がすべて精算課税になる点は事前の説明が必要です。
選択肢B旧会社に残す借入金を債務超過額相当に調整し、新会社の純資産(相続税評価額ベース)を0近辺にしてみなし贈与額を最小化する。
新会社の自己資本が薄くなるため、金融機関対応・信用面の目的とトレードオフになります。
選択肢Cみなし贈与を申告しない。
分割時点の株式価額の増加が9条の直接適用で捕捉されるリスクと6年の除斥期間を抱えることになり、お勧めしません。